介護問題:社会保障を揺るがす焦点
先進諸国で高齢化が進むなか、老いること自体に不安を抱くだけでなく、十分に介護を受けられないことを憂慮する人々が増えている。ここでいう介護とは「身体的・認知的・機能的能力が低下しても、個人が尊厳を保ちながら安全かつ自立的に生活できるよう、社会医療サービスを統合的に提供する支援」のことだ。
たとえば、米国
こうした不安は、介護支出の急増、高齢者の資産不足、仕事として介護サービスに従事する人材(介護人材)の不足といった構造的問題に根差している。介護がすでに深刻な問題となっている日本国内では政治やメディアでたびたび話題になるが、根本的解決への道筋は見えていない。その間にも、介護関連の支出は静かに、しかし確実に拡大している。日本をはじめとする東アジアや欧州はもちろん、若年人口が多い中東などの地域においても人口動態に変化の兆しが見え始めていることから、介護問題はいまや世界的な優先課題となりつつある。
高齢者人口の増加により介護需要は拡大しているが、人材、資金などリソースの制限により介護システムにかかる負荷は増す一方である。さらに、介護を受ける人はニーズが満たされず、介護職員は人手不足と燃え尽きに直面し、高齢者を在宅で介護する家族や親族など(家族介護者)は仕事との両立に苦しみ、施設はコストや受け入れ能力の制約に悩む。
こうした課題の表れ方は、各国の制度の成り立ちや財源構造によっても異なる(コラム「世界の介護政策の潮流:4つのモデルと3つのトレンド」参照)。たとえば日本は2000年に介護保険制度を導入し、全国的な公平性の確保を目指してきたが、支出増大により財政面の持続可能性が問われている。アメリカでは保険制度のもとで高齢者からより多くの拠出を得ることで中間層の負担を軽減する目的でCLASS法が可決された。しかし、任意加入制のためよりリスクの高い高齢者の加入を促す形となり、制度が財政的に不安定で維持が難しいなどの理由で施行に至らなかった。シンガポールは2023年に「Healthier SG」戦略を打ち出し、デジタルツールを活用して国民をかかりつけ医と結び付け、予防医療と早期介入を推進してきたが、アクセスと公平性を高めた反面で短期的には一次医療の現場の負担が増大している。
これらの事例に共通しているのは、ある政策目標を優先させると他の側面で問題が生じ、その問題を解決するために新たに施策やモデルを導入するという「対症療法的」な動きになりやすいということである。それにより既存の介護システム全体が一挙に崩壊することはないが、目立たぬ形であちこちに綻びが生じており、放置すれば破たんに向かう可能性もある。しかし、この流れは避けられないものではない。介護の位置づけをこれまでの「社会保障の周辺領域」から、「社会の持続性を支える中核領域」へと転換し再設計することで、より強靭な介護システムの構築が可能となる。
そこで本稿では、介護システムを再設計するにあたり、世界の政策立案者が考慮すべき基本要件として持続性・公平性・十分性・(人材の)供給性という4要件を定義した。さらに、これらの要件を満たす方法として、「要介護化の遅延」「サービス提供範囲の拡大」「生産性の向上」「家族介護者の支援強化」「介護人材の増加」「資金モデルの進化」という6つの解決策(レバー)、および介護状況の改善につながる企業活動を提案する。これらを組み合わせ、4つの要件に基づいて効果を測定しながら推進することで、対症療法的な施策立案にとどまらない、しなやかで強い制度の再構築が可能になるであろう。あわせて、企業経営者に向けても、高齢化と介護問題が市場・人材・競争力に及ぼす影響を示し、実例を踏まえた対処法を提示するとともに、介護市場の拡大を、さらなる価値創出の機会として捉える視点も示したい。
世界の介護政策の潮流:4つのモデルと3つのトレンド
介護制度の4つのモデル
国によって政策上の違いはあるものの、介護制度は基本的に以下の4つのモデルに分類される。
- ユニバーサル型(例:オランダ、デンマーク):公的制度によって広範囲を対象とする介護サービスを提供しており、自己負担は少なく、サービスの十分性も比較的高い。
今後の焦点: サービスへのアクセスを制限せずにコストの伸びを抑制する。税収を人口予測と整合させる。 - 保守型(例:日本、ドイツ、フランス):社会保険制度により、国家・雇用者・家族の間で費用を分担する。ただし、特に若年層には保険料の上昇が重い負担となり、世代間の緊張を引き起こしている。
今後の焦点: 世代間の公平性とリスクの分担メカニズムを再調整する。 - 家族依存型(例:スペイン、イタリア):家族が大部分の介護を担い、制度的な支援は比較的限定されている。その結果、介護予算は抑えられるが、就労している家族介護者に負荷がかかり、こうした人々の生産性の低下を通じてGDPにも悪影響を及ぼしている。
今後の焦点:介護における家族の役割を公式に認めて支援し、無償介護に代わる、広範に適用可能な選択肢を拡充する。 - リベラル型(例:英国、米国):公的支援は最小限で、個人の貯蓄および家族介護者に依存する傾向が強く、結果として公平性、サービス品質、アクセスにバラツキが生じやすい。十分性、持続性の指標が高く見えるが、実際には対象が限定的であるため、中所得者層が取り残されるリスクがある。
今後の焦点: 最低限の保障を拡充し、介護を社会問題ではなく経済問題として再定義する。
図表は、縦軸に介護支出がGDPに占める割合、横軸に一人当たり介護支出をとり、主要国モデルの2019年から2040年への変化をマッピングしたものである。
介護制度設計におけるグローバルシフト:3つの国際的トレンド
介護制度は、「誰が介護を提供するか(公的主体/民間事業者/家族)」と、「どこで介護が行われるか(施設/共同生活型住居/自宅)」によって分類できる。このマッピングの中で、各国は次の3つの明確な方向性に収束しつつある。
トレンド1 — 施設での介護から、共同生活型および在宅での介護への移行:サービスの提供範囲拡大とコスト抑制
高齢化が加速する中、福祉国家であっても財政圧力や人材不足に直面している。そのため、制度の主眼は入所型の施設から、共同生活型住居や自宅での介護のモデルへと移りつつあり、自立生活は難しいものの施設入所には至らない層へのアクセスを広げ、1人当たりの費用対効果を高める方向に進んでいる。
トレンド2 — 公的主体による提供から、民間参加を含む官民混合型システムへ
政府は引き続き制度の管理者としての役割を担う一方で、リスク共有とサービス提供の一部を、民間企業や保険会社が担う割合が増加している。特に在宅看護や支援付き住宅において顕著である。目的は、資本の呼び込み、供給能力の多様化、調達手段を通じたイノベーションの促進を図りながら、公的責任としての公平性と品質の担保を維持することだ。
トレンド3 —「暗黙の家族介護」から、「支援された家族介護」へ
家族は今も世界最大の介護提供者層である。その構図を制度的に明示し、支援する方向へと転換が進んでいる。具体的には、現金給付、レスパイトケア(介護の代行サービス)、介護の相談・案内、年金加算、介護休暇、柔軟な働き方の導入などが含まれる。
介護システムが満たすべき4つの基本要件
既存の介護システムの再設計では、「持続性(Sustainability)」、「公平性(Equity)」、「十分性(Adequacy)」、「供給性(Supply)」という4つの基本要件に着目する必要がある。このうち最初の3つは、世界銀行の社会保障・年金制度に関する報告書で、高齢化する主要国の社会制度に共通する課題として挙げられている
持続性(Sustainability)
課題:介護支出が拡大し、財源確保の負担が増している。
介護を受けられないことへの不安の背景には、介護需要の拡大に伴って財源の持続性に疑義が生じていることがある。たとえば、OECD諸国では、平均的な公的介護への支出の対GDP比が2004年の0.9%から2019年には1.4%へと上昇している。伸び率は56%に上り、GDPや年金支出を上回るペースである。公的介護への支出のGDP比は2040年にはさらに64%伸び、2.3%に達する見込みとなっている(図表1)。それに対して、現在の社会保障制度の多くは平均寿命が今よりも短く、家族などによる介護が一般的だった時代に設計されているため、政府の介護予算は大幅に不足することが多い。家庭においても、老後資金の準備にまでなかなか手が回らないのが実情であろう。したがって、介護システムの長期的な財源を確保することが急務となっている。
公平性(Equity)
課題:介護支出について現役世代への負荷が増す一方、被介護世代内の格差も拡大している。
現状の介護制度では公平性が十分に確保されておらず、世代間格差、および被介護世代内での格差も生まれている。世代間格差という観点では、人口構造の変化によって介護保険財政を支える現役世代の比重が相対的に低下する一方で要介護認定を受ける高齢者が増加しており、現役世代を中心に1人あたりの負担感が上昇していることが問題として挙げられる。
たとえば日本では1990年には5.8人の現役世代が1人の高齢者を支えていたが、2023年には2人で1人を支える構造となり、日本で高齢者人口がピークに達すると見込まれる2040年には1.6人で1人を支えるようになると予測されている
また、世代内格差という観点では、同じ被介護者世代の中でも所得や資産の有無によって受けられる介護の質や選択肢に大きな差が生じており、中所得者層が支援の網から漏れている国もある。具体的には、英国では資産が一定額以上ある場合(例:住宅を含む資産が23,250ポンド 以上など、地域ごとの基準)、居住型介護施設に入所する際の費用を自ら負担しなければならない。そのため、年間3〜4万世帯が介護費用を捻出するために自宅を売却しているというデータもある
十分性(Adequacy)
課題:リソース配分に改善の余地があり、利用者のニーズを満たすサービスが十分に提供されていない。
現状、多くの国において、介護サービスの内容・対象や利用方法は被介護者や家族介護者の実際のニーズに十分対応できていない。この状況は家族介護者の負担の増大につながり、社会全体に損失をもたらしつつある。たとえば日本では、介護疲れによる就労者の生産性の低下や、介護離職などによる労働総量の減少により、2030年時点でGDPの約1.5%に相当する約9.1兆円の経済損失につながると見込まれている
供給性(Supply)
課題:介護人材の供給が需要に追い付いていない
日本を含むOECD加盟30カ国
予算増だけでは解決しない:拡大から変革へ
真の改革は、単に現状維持のために資金を投入することではなく、「誰が、いつ、どのように介護サービスを提供するか」を再度設計、管理するところから始めなければならない。本稿では介護システムの4つの基本要件に影響を及ぼす6つのレバーについて論じたい。6つのレバーとは、1)要介護化の遅延、2)サービス提供範囲の拡大、3)生産性の向上、4)家族介護者の支援強化、5)介護人材の拡充、6)資金モデルの進化である。これらを通じて、関係各所の負担を調整し、システムのレジリエンス強化を目指す(図表3)。以下、各レバーの内容を概説していく。
1. 要介護化の遅延:介護需要を抑える最優先策
老化自体を避けることはできないが、介入や支援によって軌道修正が可能なプロセスとして捉え直すことはできる。介護需要そのものを縮小させるアプローチを、短期的な早期予防施策と、中長期的に進展が見込まれる先進医療の導入施策の両軸から検討する。
短期的に取り組める早期予防施策としては、コミュニティ主導での働きかけやデジタル技術を活用した行動介入、予測診断により、健康習慣の定着の支援やメンタルサポートを行うことなどが考えうる。また、昨今の技術の進展により、AIアルゴリズム分析を活用したウェアラブル機器やバイオマーカーによる病気の早期発見も期待されている。
さらに、5~15年後にかけての中長期的な技術の進展を見据えた施策としては、細胞の恒常性を維持した部分的なリプログラミングなどの先端療法の導入が考えられる。こうした療法により、たとえば遺伝子レベルで老化プロセスに働きかけることで、細胞の修復・再生や代謝機能の改善が促され、結果として疾患の発症を遅らせることが期待される。加えて、マイクロバイオームを介した免疫機能の改善の可能性も示唆されている。
このような施策によって健康寿命が伸びれば、将来の介護需要の発生を遅らせることができる。厚生労働省による令和4年度介護保険事業状況報告の数値などを基にしたBHIの試算によると、要介護期間が最大で17%短縮される可能性もあり、伴って介護の財政負担も17%削減され約1.8兆円の予算節減につながりうることもわかった
システム全体へのインパクト:介護需要自体が減るため、4つの基本要件のすべての強化につながる。
2.サービス提供範囲の拡大:介護の経路を再設計する
サービス提供範囲の拡大で問われるのは、介護施設の受け入れ人数を増やすことではなく、どこでどのように介護を行うかという経路をいかにうまく設計するかである。たとえば、施設入所には至らないものの自立した生活の維持が難しい層はこれまで見落とされがちだった。こうした層を含めて、より幅広い層の高齢者が介護サービスを受けられるようにすることが重要である。そのための施策として、特に「サービスモデルの革新」と、「共同生活型の住宅の展開」が注目されている。
サービスモデルの革新とは、介護人材、看護師、家族介護者などで介護チームをつくり、さまざまな機能や要素を組み合わせた総合的な介護サービスを地域密着型で展開していくことである。従来の、各種サービスが縦割りで提供され利用者個人が複数の事業者を行き来する構造から、地域単位で包括的に介護サービスを提供する構造に変えることで、効率化と家族の負担減が可能になる。実際に、オランダの訪問看護組織「Buurtzorg」や米国の自然発生型の退職者コミュニティ「NORC」では、看護チームや統合型システムを用いて、要介護の手前の予防フェーズへと重点をシフトさせている事例がある。定量面でも、チーム再編と生産性の向上による介護者1人当たりの受益者数(介護を受けられる人数)の増加や、介護時間の短縮などにより、Buurtzorgでは30%のコスト削減、NORCでは22%の生産性増加につながったという報告もある
共同生活型の住宅など、複数の高齢者が同一の住居または小規模な生活単位で暮らして生活支援サービスを受けるモデルは、在宅介護と施設介護の中間と位置づけられ、拡大展開可能なサービス形態がある。特に、一定の資産があり、支援を必要としている高齢者にとっては、自由度の高い生活環境で過ごせる代替手段となる。在宅介護サービスを一体的に備えたデンマークのフレキシブル住宅、日本のサービス付き高齢者向け住宅、家庭的な小規模住環境で生活支援を行う米国のGreen Houseモデルなどが具体例として挙げられる。いずれも、高齢者の自律性を尊重しつつ、施設への過度な依存や支援不足を回避できる。
革新的なサービスモデルと、共同生活型住居などの住宅ソリューションを相互補完的に用いながら広範囲で展開することが、高齢者にとって個別最適化され、アクセスしやすく、質の高い支援を行う鍵となる。これらのアプローチを組み合わせることで、家族介護者への負担を軽減し、介護システムの公平かつ持続的な拡大が可能になる。
システム全体へのインパクト:地域単位でさまざまな機能が一体化されて効率が上がることで、持続性、公平性、十分性の強化に資する。
3. 生産性の向上:デジタル化とテクノロジーで人手不足を乗り越える
介護者不足の解決の鍵は、単に人材を投入するだけではなく、テクノロジーを戦略的に活用することである。まずは既に実績や即効性が認められたデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進、およびAI技術の導入で業務負担を軽減し、次のステップとして、ロボティクス技術の導入により、長期的かつ拡大展開可能な生産性向上を実現する方向に進む必要がある。
たとえば、デジタル介護記録やチャットツールによる情報共有による業務効率の向上は既に実証されている。BHIが事務的業務の割合に自動化率やツール導入率を掛け合わせて算出した業務効率化度合いを用いて試算したところ、11万1,000人相当の労働力が捻出されるという結果となった
世の中で広く活用されつつある生成AIやAIエージェントも、感情的なつながりの強化、安全性の向上、タスク支援の増強を通して、介護サービスへの支援となる。たとえば、生成AIを用いた人型会話ロボット「PALRO」は日本の高齢者向け施設で既に使用されている。また、認知症患者の支援用AIアプリケーションも、入居者の孤独感の軽減や交流やレクリエーションへの参加の促進に貢献している。一方、介護施設でAIと音声入力で記録業務を簡素化し、生産性向上を実現する例も出てきている
長らく期待されてきたロボティクス技術による介護改革も、市場や規制環境の変化により、ついに現実のものとなりつつある。高齢者介護支援ロボットのグローバル市場は、2024年時点で約27億〜28億ドル規模であり、2030年代初頭までに75億〜85億ドル以上に成長すると予測されている
では、ロボット導入は実際にどの程度の効果をもたらすのか。BHIが日本の介護現場において一部ロボットで代替可能な介護行為における時間削減効果を合算、ロボット導入率を50%超として試算したところ、45万9,000人分の労働力捻出が見込まれ、ROIは50%近くに達すると予測できた(図表4)。今後、ロボットの価格がさらに低下すれば、介護現場における大規模活用とロボットによる労働力補強への道が開かれるだろう。
システム全体へのインパクト:劇的に生産性が向上するため特に供給性の改善に有効だが、他の基本要件の強化にも役立つ。
4. 家族介護者の支援強化:介護を「社会経済政策」「労働力政策」として捉え直す
日本をはじめ多くの国では、政府の介護政策は主として公的介護保険制度や在宅支援サービスなど専門家介護の整備に焦点を当てている。しかし、実際には就労者を含む家族や親族などによる家族介護が依然として介護の中核を担っている。家族介護者は介護システムの「見えない屋台骨」であり、こうした人々を支援することは、すべての介護関係者を支援することに等しい。
とりわけ重要なのは、介護を福祉政策の一領域にとどめるのではなく、「社会経済政策」「労働力政策」の観点から再定義することだ。家族介護者への直接的支援と、企業の取り組みを促すインセンティブ設計などを通じた間接的支援を組み合わせた制度の十分な整備が求められる。
こうした観点から、家族介護を社会全体で支える制度を早期に整備した諸外国の事例は示唆に富む。
たとえば、ドイツでは2008年以降、家族介護を公的介護保険(Pflegeversicherung)の枠内で支援する体系を整備し、家族介護者を明確に「社会的役割を担う労働者」として位置づけた。政府による雇用保護や無利子融資を受けられたり、年金・失業保険への拠出を代行してもらえたりといった直接的支援が充実している。あわせて、労働法上の支援制度として、介護休暇制度、家族介護時間制度など企業への働きかけによる間接的支援も展開されている。
また、ノルウェーでは、介護サービスの大部分を自治体が提供する体制のもとで、政府は個人向け給付(介護手当・休業補償)など直接的支援を拡充すると同時に、企業による介護支援制度の導入を奨励する助成金政策を進めている。スペインも、「介護者支援法(Ley de Dependencia)」を通じて、介護者への金銭給付など直接的支援を行う一方、企業に対しても柔軟勤務制度や介護休暇の導入を奨励する政策的枠組みが整備されている。
これらの国に共通するのは、政府が「介護者本人」と「介護者を雇用する企業」の双方を支援対象とすることで、介護と就労の両立を社会全体の価値ドライバーとして位置づけている点である。
日本においても、こうした位置づけを前提とした検討が必要である。まず、直接的支援については現金給付施策が再考に値するだろう。実際に2000年代には日本において家族介護者への現金給付が議論されたが、女性が就労を離れ家族介護を担うことを事実上促しかねず、不均衡な負担を課すのではないかとの懸念から導入は見送られた。しかし、ジェンダー不平等指数(GII)において上位に位置するドイツやオランダは、それぞれ1996年、2001年に現金給付制度を導入しているが、その後もジェンダー平等の改善傾向を維持している
間接的支援についても検討は急務である。「十分性」の要件で触れた通り、介護による離職や生産性低下による日本のGDP損失は2030年に約9.1兆円に達すると推計されており、これは企業への間接的支援の整備の遅れにも起因すると考えられる。後述するように、日本企業においても一部では従業員の介護を支援する施策が行われており、さらには施策の幅を広げ従業員と社内コミュニティの結びつきをより強化する余地もある。政策には、取り組みを普及させるための方策が求められるだろう。
現在家族介護者の支援が手薄な国の介護政策においては、包括的な支援やケアの公的化、また企業へのインセンティブなどの間接的支援のさらなる改善のため、政府、企業、さらには自治体などとの連携を強化することが求められる。介護の社会的持続可能性を確保するためには、専門家介護の拡充だけでなく、家族介護を支える制度基盤の整備が不可欠である。
システム全体へのインパクト:十分性と供給性の向上により、労働市場の安定と国家の生産性向上を同時に達成する道が開かれる。
5. 介護人材の拡充:採用と定着の仕組みを作り直す
介護人材が増えない、また、特に若年層が介護人材として定着しづらい、という問題は多数の国で起こっている。
介護人材の獲得に向け、職業イメージの刷新、就業時間中のスキル研修、昇進機会の提供、キャリア設計支援、定着支援などといったキャリアパスの強化が、取るべき施策として挙げられる。日本やEUでは主に若年層向けに介護のイメージを“革新的”で“社会的インパクトの大きい”職業へと変えるリブランディングを進めるほか、政府主導の最低賃金の改善やボーナス等インセンティブ支給が多くの国で検討されている。
また、就労ビザの整備、国際資格との相互認証といった介護に従事する国際人材のパイプラインへの投資、VR/AR(仮想現実・拡張現実)などデジタル技術を活用した訓練プログラムやオンラインカウンセリングなどを組み合わせることが施策として考えられる。実際に、EU等では官民主導の訓練や実習制度、オンライン研修プラットフォームの活用により介護職のスキルアップを図っている。
さらに、その先にあるキャリアのポテンシャルを可視化するため、日本やドイツでは段階的な職位昇進ルートの制定や、介護資格を専門的資格として認証する国際的連携が検討されている。
システム全体へのインパクト:介護人材の新規獲得と既存人材の定着の両軸で施策を講じることで、長期的に供給性が強化され、現場の介護サービスの安定化につながる。
6. 資金モデルの進化:制度を持続可能にする
高齢化社会における介護財源の確保は、世界中の多くの先進国にとって大きな課題である。現在の介護資金の調達モデルは、大きく以下の5類型に分類される。
- 一般財源(税)によって全額を賄う税方式
- 医療保険と税財源を組み合わせた社会保険方式
- 独立した公的介護保険制度方式
- 主として民間保険や家計からの自己負担に依拠する自己負担型モデル
- 公的資金、民間資金、個人の自己負担を組み合わせたハイブリッド型モデル
日本の現行モデルは、「3. 独立した公的介護保険方式」に該当する
6-1 制度的対応策
現在、日本の公的介護保険制度は賦課方式(PAYG:Pay-As-You-Go)を採用している。すなわち、その時点で徴収される保険料および公費を財源として、現在の要介護者に対する給付を賄う仕組みである。保険料は、65歳以上の第1号被保険者のみならず、40〜64歳の第2号被保険者も負担している。
この賦課方式は、確立された制度として多くの利点を有する一方、高齢化の進展に伴い構造的な圧力に直面している。高齢者扶養比率(15~64歳に対する65歳以上人口の比率)は上昇し、保険料拠出者の基盤は縮小している。その結果、公平性の要件の項で整理した通り、すでに拠出を行っている世代は、自らが将来どの程度の支援を受けられるのかについて不確実性を抱える。
この状況を打開するための将来的な選択肢の一つとして、部分的に積立方式を取り入れることが考えられる。たとえばシンガポールのように、介護の財源の中核に積立型保険を据える国も存在する
6-2 個人支援策
4. 家族介護者の支援強化で述べたとおり、資金調達制度の進化と並行し、現金給付の導入などを通し家族介護者等を支援することも可能である。現金ではなく、将来の自身の介護に充当可能なクレジットを付与するなどによって財源の持続可能性を高めるように調整することも考えられる。
もっとも、このような支援制度の進化により家族介護の拡大などの波及効果をもたらす可能性がある。意図した政策効果を実現しつつ、副次的影響を踏まえた慎重な設計を議論する必要がある。
システム全体へのインパクト:長期的な財源が確保可能になり、持続性と公平性の向上に寄与する。
ケーススタディ:オランダの包括的な介護システム改革
- 要介護化の遅延:高齢者向けの住宅・支援・介護(WOZO)プログラムで、地区看護師を通じた予防、回復支援、住宅のバリアフリー化や介護支援テクノロジー(転倒の際に看護師へ通知を送るアラームなど)の導入などを促進している。
- サービス提供範囲の拡大:訪問看護組織のBuurtzorg や認知症患者が暮らす施設 Hogeweyk などが、革新的で全人的なケアモデルを開発し、拡大展開している。
- 生産性の向上: Buurtzorgはデジタルプラットフォーム「Buurtzorgweb」を用いて業務を簡素化し、業務効率を向上させている。
- 家族介護者への支援強化:労働と介護の法律であるWAZO (Wet arbeid en zorg)により、介護休暇や給与条件について定めて、政府から個人および企業への支援体制の強化を図っている。
- 介護人材の拡充:フラットな組織構造と公正な労働条件により、人材の採用・定着を促進している。
- 資金モデルの進化:かつて特別医療費補償制度(AWBZ)で一括して担っていた介護保障を、 長期介護法(WLZ)、健康保険法(ZVW)、社会支援法(WMO) に機能別に整理。それぞれの対象要件と予算を厳格化している。
- 持続性:2015年の改革では、施設介護の利用を制限することでコスト抑制に成功したが、VPT(在宅介護サービスのフルパッケージ)/PGB(個人が自ら介護サービスを選択・購入できる個人予算制度)などに抜け道があり、再び支出が膨張している。
- 公平性:施設介護における所得連動型の自己負担と、VPT/PGBの定額制負担との構造的な違いによって、中・高所得層に有利な仕組みとなってしまい、社会経済的な格差を助長している。
- 十分性:先述したBuurtzorg や Hogeweyk といった革新的取り組みによって、利用者の体験と尊厳が向上した。さらに、2017年以降の品質向上プログラムにより、定量的な成果指標も改善している。
- 供給性:介護人材はかなり確保されているが、制度上、家族介護者の負担が高まるリスクが残っており、長期的なバランスについて課題を抱えている。
企業にとっての介護市場:機会と打ち手
ここまでは主に政策立案者に向けて施策の方向性について論じてきたが、介護問題に対しては民間企業だからこそ実行可能な施策もある。また、人口高齢化と介護需要の最前線には、新たなビジネスチャンスも存在する。
民間企業にとって、介護問題に対して積極的な施策を講じることのメリットは大きい。まず、優秀な人材がフルタイム介護のために離職するのを防ぎ、自社にとどめることができる。また、従業員の視点に立つと、介護に配慮した施策があれば、ワークライフバランスが維持でき、仕事への目的意識が強化され、最終的に定着率とロイヤルティ(忠誠心)が高まる。実際に、以下のようなデータもある。
- 介護支援を提供する企業では欠勤が最大で 50%減少した可能性があると報告された
26 26 Harvard Business School「Companies that respect 'caregiving' can show measurable gains, research shows」 - 介護支援を受けた従業員のうち、3分の1が休職や離職をせずに済んだと回答している
27 27 Wellthy 「Caregiving benefits: A measurable ROI in an uncertain economy」 - 従業員支援プログラム(EAP)、コーチング、レスパイトケア(介護の代行サービス)などの福利厚生により、定着率と生産性が向上し、366%のROIが実現された
28 28 Wellthy 「Caregiving benefits: A measurable ROI in an uncertain economy」
企業はいま、高齢化社会と介護の課題解決に積極的に関与する社会的プレーヤーとしての役割を担い始めている。介護を「コスト」ではなく、「イノベーションと共生の機会」として捉えることで、企業は持続可能で包摂的な社会づくりの中心的存在となることができる。具体的には、以下のようなアクションをとることで、企業は介護という社会問題を自社の経営に取り込むことができる。
- 介護問題と高齢化を経営戦略に組み込む:人口動態に基づくインサイトを活用して企業戦略に介護問題を組み込み、教育を通じてリーダーシップ層の認識を高める。一例として、パナソニックは「エイジフリー」を事業の柱とし、AIセンサーを導入した介護施設向けソリューションの導入と拡大を図ってきた。
- 新しいビジネスの可能性を捉える:異業種連携やイノベーションを通じて、住宅、遠隔介護、ロボティクスなどの新市場を探索し、テクノロジーと介護を統合したソリューションを開発する。たとえば、米国では保険会社のヒューマナと小売業のウォルマートは高齢者向けケアセンターを開設した。
- 政策形成において政府と連携する: 研究開発や政策対話を通じて、介護システムの改革に貢献する。たとえば、英国では金融グループのバークレイズ、保険会社のアビバ、ドラッグストアのブーツが政府に働きかけて、介護者支援や高齢労働者政策の形成に影響を与えている。
- 介護を担う従業員を支援する:柔軟な働き方、介護休暇、パーソナライズされた福利厚生、また介護教育や介護予防のリソースを提供し、人材定着のために介護サービスや保険を導入する。実際にソフトバンクは、通算1年・分割無制限の介護休業(法定は93日・3回まで)や、家族1人につき年15日の介護休暇(法定は合計年5日/2人以上で年10日)など、法的要件を超える従業員支援制度を整備している。また、イトーヨーカ堂では、1万人以上の従業員に認知症サポーター養成講座を受講させている
29 29 ITメディアビジネスオンライン「認知症の利用客に、どう対応する? 1万9000人の従業員をサポーターに育てたヨーカ堂の狙い」 。認知症の人をサポートするための知識を身につけることで、接客などにも役立つほか、自宅に戻れば家族を支える取り組みにもなっている。
特に、介護を担う従業員に対しては、介護段階に応じて最適な支援策が適用されることが期待される(図表5)。介護開始前には今後の介護に必要な情報提供を行うほか、自己開示を促す機会を設け、計画期には研修やメンタル相談を提供する。介護活動期には柔軟な勤務制度やEAP・レスパイトケア、危機管理期には緊急休暇・カウンセリングサービスの提供、介護終了後にはグリーフケアや支援グループによるセッション等が効果的である。こうした体系的な支援により、不安や燃え尽き症候群を防ぎ、復職までを一貫して支えることができる。
また、企業はこうしたアクションをとるのと同時に、新たな視点を持つ必要がある。これからの企業に求められているのは、人間中心のイノベーションを推進し、支援を必要とする従業員を守り、レジリエンスを備えたコミュニティを構築するという社会的責任である。企業がそうした役割を果たしてこそ、効果的かつ公平に持続可能な介護システムへと移行させることができる。
対症療法を超え、介護を再定義し続ける
介護システムの変革は後手に回りやすい。というのも、介護システムは一夜にして崩壊するのではなく、持続不可能なコスト、不公平な負担、介護者への目に見えない負荷の増加を通じて、じわじわと崩壊していくからである。しかも、この問題は単に投入資金を増やすだけでは解決できない。既存のやり方を変え、持続可能な社会システムを作る必要がある。そこで活用できるのが、本稿前半で定義した4要件である。現在の制度を総合的に評価したうえで、6つのレバーを組み合わせた施策を打っていくのが有効だ。すなわち、要介護状態になる時期を遅らせ、介護モデルを再構築し、テクノロジーを用いて生産性を高める。さらに、家族介護者の支援を強化し、介護人材の増加を図り、資金モデルの進化を目指すということである。特に、これまで手薄だった介護予防の施策は、システム全体のバランスを取り戻すうえで効果的である。また、改革の対象は介護施策のみだったとしても、年金制度や医療制度などとも密接に関連してくるため、最終的には隣接領域との整合性をとることも重要になる。
さらに、従業員支援や政策立案者との連携、介護分野における事業機会の検討まで、企業にも社会的役割が存在する。前述のレバーを企業の積極的関与と併せて推進することにより、介護システムは場当たり的対応から脱却し、より強靭で公平かつ持続可能な形へと移行できる。
介護の未来をめぐる本質的なリスクは手を打っていないことよりも、問題が適切に定義されておらず、対症療法的に対処していることにある。介護の議論とは、将来に向けた方向性を見出すプロセスである。固定的な枠組みで結論を求めるのではなく、本稿で取り上げたような要件で常に現状を分析しながら、人口動態や社会的価値観の変化、技術革新に応じて、絶えず再定義しなくてはならない。
執筆協力:王 妙晴、竹内 英利華