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貿易政策が大きく転換した1年を経て、世界の企業リーダーはジレンマに直面している。関税をはじめとする政策の先行きが引き続き不透明ななかで、在庫の積み増しといった対症療法的な対応にとどまらず、いずれかの時点・地域で重要な構造的意思決定を下さなければならない。だが、それはいつ、どこで行うべきなのだろうか。
こうした予測困難な環境で計画を立てるうえで最も有効なのが、シナリオに基づく思考だ。BCGは世界貿易についての4つのシナリオを策定した(コラム「2034年までの貿易シナリオ」を参照)。足元の趨勢を見る限り、2つの両極端のシナリオ、つまり報復的な貿易措置と貿易摩擦拡大が連鎖するシナリオ、および過去数十年続いた自由貿易体制に回帰するシナリオに向かう可能性は小さい。より中庸な2つのシナリオのうち有力なのは、「多結節の貿易パッチワーク」型シナリオだ。これは、貿易の流れが、それぞれに特徴的なアプローチを持つ4つの主要結節点へ向かっていくというものだ。
2034年までの貿易シナリオ
両極端にある2つのシナリオのうち1つは、「自給自足」シナリオである。これは、孤立主義と保護主義の高まりにより新たな時代に移行し、これまでの貿易体制の崩壊につながるというものだ。この対極にあるのは、「ルールに基づく貿易体制」である。世界は従来の状態へ近づき、関税は安定し、緊張は緩和され、ルールがおおむね守られるようになるというシナリオだ。より現実味があるシナリオは2つある。1つは、「地域の要塞化」である。これは、米州、欧州、アジア太平洋地域の国々がそれぞれの域内で特恵的な貿易関係を強化し、世界が地域ブロックに分かれるというものだ。
BCGでは、「多結節の貿易パッチワーク」型シナリオが最も有力だと考えている。このシナリオでは、財貿易は主に、4つの結節点(「米国」、「中国」、「多国間協定推進グループ」、「BRICS+(中国を除く)」)を行き交う。これらの結節点はそれぞれに、自国やグループの利益に合致するようにルールを定め、その他の国や地域と関わりを結んでいく。世界の他の国々は、4つの主要な結節点の間でうまく舵取りをすることを迫られるだろう。
4つの主要結節点とは、「米国」、「中国」、そして「多国間協定推進グループ」と「BRICS+(中国を除く)」という2つの非公式な国家グループである。貿易パッチワーク型シナリオでは、米国と中国は引き続き独自のルールを推し進めていく。ただし中国は成長の原動力として、貿易をこれまで以上に重視するようになると考えられる。多国間協定推進グループは5大陸にわたる多様なグループで、EU、カナダ、日本などの先進国、メキシコやペルーなどの中所得国、ベトナムなどの新興国が含まれ、いずれも連携を深化させた貿易協定を基盤としている。BRICS+は、貿易を成長の推進力とする新興市場から構成されるが、貿易条件に関しては、多国間協定推進グループと比べ主権の保持を強く望んでいる
過去5年間、BCGは新たな展開を織り込みながら、今後10年間を見据えた二国間の財貿易フローの変化を分析するモデルを構築してきた。今年はその枠組みを用い、貿易パッチワーク型シナリオ下での今後10年間の世界貿易をモデル化した(コラム「調査について」を参照)。
- 世界貿易は全体としてレジリエンス(強靭性)を維持し、世界のGDP成長率をやや上回る、年平均成長率(CAGR)約2.5%のペースで拡大するが、多くの財において、貿易ルートは変化する。
- 複数国間の連携を重視する多国間協定推進グループは、2034年までの期間、相互間およびグローバル・サウスの多くの国々との貿易で、平均を上回る成長を遂げると見込まれる。
- 中国の財貿易は米国を40%以上上回るペースで成長するものの、成長ペースは世界平均には届かない。中国は、他のBRICS+諸国を含むグローバル・サウスとの関係を強化すると考えられる。
- 米国は、サービス貿易が堅調に推移する一方、世界の財貿易におけるシェアは低下し、財貿易の成長率はCAGR+1.5%程度にとどまる見通しだ。背景には、貿易赤字の削減と国内生産の拡大を重視する政策姿勢がある。
パッチワーク型の世界貿易秩序は、企業や各国政府に大きな影響をもたらすと考えられる。
調査について
分析には、GDP、人口、労働市場、消費、為替レート、インフレ、金利、GDPデフレーターなどの主要マクロ経済指標に関する5億におよぶデータポイントを使用している。過去の相関関係、計量経済学モデル、AI技術を組み合わせることで、今後10年の貿易動向を推計した。データは政府、国際金融機関、経済専門の調査機関から取得している。貿易額は変動為替レートに基づく実質ベースで示しており、燃料依存度の高い輸出品目とそうでない品目との間でインフレの影響を調整するため、複数のデフレーターを用いている。
今回の調査では、シナリオに基づいて明示的に前提条件を調整し、異なる貿易政策環境が各貿易結節点の間で世界の貿易フローにどのような影響を与えるかを評価した。これらのシナリオは、特定の政策行動やマクロ経済の見通しを予測することを目的としたものではなく、さまざまな想定下での感応度や相対的な影響を示すために設計されている。貿易政策の進展状況は、過去の経験と最近の関税措置を踏まえて、二国間貿易コストに想定される変化によって示されている。いずれのシナリオにおいても、モデルの枠組みは既存の貿易関係を反映して、貿易相手国間の貿易フローを変更できるようになっている。
なぜ貿易パッチワーク型シナリオが有力なのか
2025年に米国が関税政策を変更する以前から、すでに世界の自由貿易体制には亀裂が入っており、従来の形へと回帰する可能性は低い。各国政府が自立と国家安全保障を重視するなかで、経済がナショナリズムと国家戦略に果たす役割は世界的に拡大している。分析によると、国家や経済の安全保障を目的とした産業政策は、2022年以降6倍以上に増加している。
各国は半導体や金属、レアアースなど、産業や軍事力の観点できわめて重要(ミッションクリティカル)な分野で、助成金、技術規制、投資審査といった政策ツールを以前にも増して活用している。一方で、世界貿易機関(WTO)が紛争解決に果たしてきた役割は低下している。WTOの全加盟国間での貿易自由化を目指す取り組みが難航するなか、それに代わって、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)などの小規模な連合が、対象を限定してルールに基づく取引を行うようになった。CPTPPは英国をはじめとする新たな加盟国を引きつけている。
さらに、変化のペースは加速している。たとえば米国では、かつては関税引き上げや輸出規制、その他の政策は数カ月あるいは数年にわたる協議・審議・交渉を経て実行されていたが、現在では発表後に速やかに実行されるケースが相次いでいる。2025年には、米国が平均実行関税率を6倍の16%に引き上げ、その影響は、ほぼすべての貿易相手国や製品カテゴリーに及んだ。しかし、世界のサプライチェーンが高度に複雑化していることや、政策の安定性が重視されることを踏まえれば、こうした変化が国際取引の構造を根本的に変えるまでには、一定の時間を要する可能性がある。
米国による高関税という状況下でも、今後10年間、世界貿易全体は世界のGDPを上回るペースで成長を続けると見込まれるが、その理由の1つは、2024年に世界の財輸入に占める米国の割合がわずか16.5%だった点にある
それでも、現時点では貿易パッチワーク型シナリオが最も有力と見られる(図表1)。
- 米国: 米国の戦略は「米国第一主義」に基づいている。国内生産の拡大を目指して産業への政策介入を行う一方で、貿易については取引ごと、国ごとに独自の条件を設け、輸出入を規制している。関税は氷山の一角にすぎない。米国は、技術規制や投資審査、現地調達規則など、幅広い政策手段を用いて、経済安全保障を含む戦略目標の達成を図っている。
- 中国: 政府は国内産業を支援して自給自足を推進する一方で、原材料の輸入と最終製品の輸出に必要な外国市場へのアクセス維持にも高い優先順位を置いている。こうした姿勢の背景には、国内での成長減速や、産業の過剰生産能力という問題がある。中国は現在でも、複数の多国間貿易協定を遵守しており、たとえばアジア太平洋の15カ国による地域的な包括的経済連携(RCEP)の一員である。ただし、世界的なルールや規範に関しては、自国の優先事項に基づき、遵守の範囲を選択している。
- 多国間協定推進グループ: 先進国と新興国の双方を擁するこの多様なグループは、引き続きルールに基づく貿易を支持している。公式なブロックを形成しているわけではないが、いずれの国も3カ国以上が参加する何らかの複数国間貿易協定に加盟している。このグループには、EUの全加盟国、欧州自由貿易連合(EFTA)に加盟する欧州4カ国、 CPTPPの原加盟国である11カ国(オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、ベトナム)に加え、英国や韓国、さらにコスタリカやモロッコなど比較的小さな自由貿易経済国も含まれる。こうした国々は、自国の優先事項に一部制約が生じる場合でも、多国間の枠組みを通じた協力を選択してきた。たとえばベトナムは、CPTPPに参加するにあたり、労働基準の改善を実施することに同意した。
- BRICS+(中国を除く): このグループには、BRICSの原加盟国であるブラジル、ロシア、インド、南アフリカに加え、後に加盟したエジプト、エチオピア、インドネシア、イラン、アラブ首長国連邦などの国々が含まれる。中国については、単独で世界的に優位な地位を確立していることから、本分析ではこのグループから除外している。BRICS+諸国は、貿易を成長の原動力と見なし、相互に協力しているものの、その取り組み方は一様ではない。他のグループとの取引を積極的に模索する国もあれば、そうした関与に慎重な国もある。BRICS+諸国は総じて、連携をより深化させた統合の枠組みに参加するよりも、自国の主権と政策の柔軟性を優先させる傾向にある。
これら4つの結節点に属さない国々は、「その他の国と地域」というカテゴリーにまとめている。ほとんどは、アジア、アフリカ、中東、ラテンアメリカのグローバル・サウスの国々で、戦略的中立性を志向している。こうした国々は、財・サービスの市場およびサプライヤーとして、今後ますます重要になってくるだろう。
パッチワーク型シナリオ下での今後の貿易パターン
4つの結節点という視点で世界をとらえると、今後10年間の貿易の動向について、これまでとはまったく異なる構図が浮かび上がる。財貿易総額は、世界のGDPをわずかに上回るペースで増加し、2024年の年間約23兆ドルから、2034年には30兆ドル近くに拡大する見込みだ。成長ペースは2025年の関税引き上げ前の予測を下回るものの、摩擦の大きさを踏まえれば、貿易は多くのルートで、想定以上のレジリエンスを示すと考えられる。ただし、財がたどる貿易ルートは劇的に変化する。
私たちは、貿易パッチワーク型シナリオのもとで、この世界貿易地図が10年後にどのような姿を示すかを検討した。緑の線は平均を上回る成長、黄色の線は平均以下の成長、赤の線は減少を示している(スライドショーを参照)。
多国間協定推進グループの貿易成長率は、多くの貿易ルートで世界平均を上回ると見込まれる。これらの国々は相互の関係を深めるとともに、共通の貿易ルールを支持し、貿易障壁の引き下げや、貿易相手国を米国・中国以外に多様化する取り組みを進めている。こうした動きを背景に、今後10年間で年平均成長率(CAGR)+3%の成長を達成する可能性がある。BRICS+諸国との貿易は同じく+2.5%の成長が見込まれ、世界の他の国々との貿易についても、CAGR+3%の拡大が予想される。
米国は、輸入よりも国内生産に重きを置く米国第一主義を維持するなかで、世界の財貿易額に占めるシェアが縮小すると予想される。主な要因は高関税をはじめとする貿易障壁の拡大である。米国の輸入品のうち関税対象品の割合は、2025年1月以来、13%から61%へと急増している。もっとも、消費が拡大し国内生産が増大すれば、貿易の成長鈍化がただちにGDP成長の鈍化を招くとは限らない。本稿執筆時点(2026年1月)では、中国を除くBRICS+諸国に対する米国の関税率は平均27.5%に達するが、これらの国々との二国間貿易のCAGRはわずか1.5%にとどまる見通しだ。米国の多国間協定推進グループとの貿易の成長率も同程度にとどまると見られる。
中国の貿易成長率は上昇を続け、グローバル・サウスにおいて、米国を上回る主要な貿易相手国となると予想される。BCGのモデルでは、今後10年間、中国のその他のBRICS+諸国との貿易はCAGR+5.5%と特に高い伸びを示し、世界の他の国々との貿易もCAGR+3%の成長が見込まれる。中国のグローバル・サウスとの貿易をけん引するのは、中国におけるエネルギー、食品、工業用資材への需要の高まりに加え、完成品の販売先となる新市場を求める動きだ。
BRICS+(中国を除く)諸国は、中国に加えグローバル・サウスとの結びつきも一段と強めていくと見込まれる。世界の他の国々との貿易の今後10年間のCAGRは+3%となり、BRICS+相互間の貿易成長率はおおむね世界平均水準を維持すると予想される。
当然のことながら、今後数年間の情勢次第では、この貿易パッチワーク型シナリオが修正される可能性もある。たとえば、2026年には米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の見直し交渉が完了する予定だ。その行方次第で、米国が一層孤立を深めるのか、あるいは北米の近隣諸国との統合に取り組むようになるかが決まる。後者の場合は、より強力な地域ブロックを軸とする別のシナリオが現実味を帯びてくる。
さらに、WTOの最恵国待遇という基本原則からの事実上の離脱を含む、米国の劇的な路線変更を他の国々が受け入れるようになれば、その影響は今後数年間にわたって、より広範に及ぶ可能性もある。中国はグローバル・サウスとの貿易を拡大しつつあるが、こうした環境下では、将来、貿易相手国が不均衡是正のために新たな障壁を設け、課題に直面する可能性も否定できない。たとえば、多国間協定推進グループの大部分は、貿易相手を米国・中国以外の国に多様化する意向を繰り返し明言している。
変わりゆく世界秩序の影響
これまで示してきたパッチワーク型の世界貿易秩序は、グローバル企業に大きな影響をもたらす。しかし、適切な戦略とケイパビリティを備えれば、成長を犠牲にすることなくレジリエンスを高めることは可能だ。企業や政府のリーダーには、意思決定に以下のテーマを組み込むことが求められる(図表2)。
企業リーダーが取るべきアクション
地政学を踏まえてビジネスの意思決定を行う。
パッチワーク型貿易に移行する世界において競争優位を確立するには、企業は戦略的意思決定や資本配分に活用できる地政学的ケイパビリティを構築して、リスクの低減と成長の加速を図る必要がある。シナリオベースの計画立案は、不確実性の高い環境に対応するうえで欠かせない手段となる。こうしたスキルがあれば、企業はより高いレジリエンスを確立し、自社製品の新たな有望市場などの成長機会を迅速に見極められるようになる。また、市場ごとに慎重なアプローチが求められるグローバル・サウス市場で企業が複雑な事業運営を進める際にも、地政学的な判断力が重要な役割を果たす。
サプライチェーンを強化する。
パッチワーク型の世界では、企業は新たなルールへの対応、地政学的リスクの把握、コスト管理を同時に進めるために、サプライチェーンの透明性を高める必要がある。米国、中国、多国間協定推進グループ、BRICS+(中国を除く)諸国という4つの貿易結節点にまたがって顧客にサービスを提供し、こうした国々から資源を調達するには、従来とは異なる、まったく新しい独創的なサプライチェーンの設計が求められる可能性がある。企業はまた、半導体やレアアースなどの極めて重要な分野のサプライチェーンが地政学的な圧力を受けた場合に、自社がどの程度の影響を受けるかを評価しておく必要もあるだろう。
コスト競争力を高める。
関税の引き上げやその他の貿易障壁が、企業や消費者のコスト上昇を招くのは避けられない。よって、競争優位性を維持・強化するには、強固なコスト構造の構築が重要となる。企業は複数の施策を並行して推し進める必要があるが、とりわけAI、自動化、ロボティクスを活用して、業務のコスト効率を最大限に高めることがその重要な第一歩となる。さまざまな製品・市場・ルールにわたり、関税リスクを最小化できる、高度な貿易コンプライアンス体制を持つ企業が勝者になるだろう。また、利益率と市場シェアの双方を維持するためにプライシング戦略をきめ細かく調整し、コスト増をどこまで吸収し、どこまで顧客やサプライヤーに転嫁するのか、適切なバランスを取ることが求められる。
政策立案者が取るべきアクション
新たな環境下での競争優位性を再定義する。
世界のバリューチェーンや戦略的エコシステムが変化する中で、政策立案者は、自国が真に差別化できる分野を改めて見極める必要がある。そのためには、主要な企業経営者と対話を重ね、先端的な製造分野、エネルギー、デジタルインフラ、基幹技術などのなかから、国家の競争力を左右する中核分野を特定することが重要だ。こうした整理を通じて、重点分野を推進するために、どの政策手段を講じるべきかをより的確に判断できるようになる。
貿易パートナーシップ戦略を策定、確立する。
各国政府は、世界の主要な結節点と連携することと、戦略的独立性を維持することのそれぞれについて、メリットとリスクを総合的に評価することが求められる。具体的には、経済目標と政治目標の両方に合致する新しい貿易協定を模索することや、ビジネスのサプライチェーンを支える主要ハブ、それらを結ぶ貿易コリドー(回廊)を見極めることなどが挙げられる。
企業活動を促進する基盤を整える。
国・地域ごとに異なる貿易政策のもとでも企業が的確に対応し、新たな機会を捉えられるように、政策立案者は、許認可の合理化、規制の刷新、行政手続きに伴う摩擦の軽減を進める。強靭な物流部門は、各国の貿易目標を下支えする重要な基盤となる。こうした施策を推進することで、世界貿易の環境が一段と複雑化するなかにあっても、企業が自信を持って投資し、事業を拡大できる環境を整えることができる。
世界のリーダーにとって、この1年は極めて大きな変化の年だった。だが、貿易環境の行方を見極めるために立ち止まる段階はすでに過ぎている。従来の貿易ルートが制約を受ける一方で、他のルートがより魅力的になりつつある。競争優位性を勝ち取るのは、複雑な新しい状況に適切に対応して順応し、新たな機会が生じた際には、素早くそれをとらえられる企業である。
原典: Trade in Transition: How to Prepare for a Patchwork World Order