プライシング――すなわち自社の商品・サービスなどに価格をつけることは、ビジネスリーダーにとって複雑で悩ましい問題だ。長きにわたり検討されてきたこの課題には、すでに数多くの理論やコンセプト、フレームワーク、高度な概念を伴う数式を使った方法論などが存在している。このような背景のもと、価格を決めるにあたっては、ある企業のリーダーは使い慣れた手法やアプローチを繰り返し用い、別のリーダーは複雑な数式や数理モデルに精通した社内チームに値付けの判断を委ねてしまうという状況にある。では、自社のプライシング戦略やプライシングのやり方に大きな変革が必要だと感じた場合にはどうすればよいのだろうか。私たちの経験では、膨大かつ多岐にわたるプライシングの手法を改めてひとつひとつ検討してみようとするか、社内のプライシングに関する分析能力を強化してどうにか正解を導こうとするか、いずれかの方向に向かう企業が多い。
しかし、この2つの方向はいずれもプライシング戦略の本質を検討しているとはいえず、うまくいかないことが少なくない。結果、多くの企業がプライシングを起点とした事業成長や顧客との関係性を強化する機会、さらには自社の事業や業界を変革する機会を逃してしまう。私たちは過去20年間にわたり、クライアントとの協働やBCGヘンダーソン研究所(BHI)による独自の調査研究を通じて、この問題の根本を探求してきた。探求すればするほど、ビジネスリーダーの意思決定の助けとなる唯一の「統合的なプライシング理論」が必要だと強く認識するようになった。
『BCGプライシング戦略 価格でビジネス・市場・社会を進化させる』
ジャン=マヌエル・イザレ著/アーナブ・シンハ著/阿川 大監修/紀平 啓子監修/渡部 典子訳
そのような問題意識の下、私たちは統合的な理論を、「プライシング・ヘキサゴン」(プライシングの六角形)というツールとして体系化し、書籍としてまとめた。これは、さまざまなプライシングの考え方や、その背後にあるドライバーや力学をひとつのフレームワークとしてまとめたものだ。プライシング・ヘキサゴンを全体的に活用することで、単なる値付けの数字のみにとらわれず、事業や市場の流れそのものを変革するプライシング戦略を構築することが可能になる。詳細は『BCGプライシング戦略 価格でビジネス・市場・社会を進化させる』(東洋経済新報社)で解説しているが、本稿ではそのエッセンスを紹介する。
“プライシング”の常識を再定義する
そもそも、学術やビジネスの文献では、プライシングとは何かについて明確な定義がなされていない。そのため、ビジネスリーダーは自社のプライシング戦略を、プライシング・モデル(たとえば、割引やサブスクリプション)やプライシング手法(コストベース型、バリューベース型など)で説明しがちだ。しかし私たちは、プライシングを「利用可能な資金の量と、それがどう流れ、誰の手に渡るのかを決めることによって市場を形成する、ビジネスリーダーの意識的な意思決定」と再定義している。この定義は、「市場の規模」およびその「分配」は、企業と顧客が日々行っている価格に関する無数の意思決定によって直接的に決まっているということを踏まえたものだ。この新たな定義に立てば、プライシング戦略は、単により適切な価格(プライスポイント)を探すことを超えて、企業戦略そのものと密接に関わるものとなるだろう。
7つのプライシング・アプローチ
「プライシング・ヘキサゴン」では、あらゆる事業戦略策定のベースとなる3つの情報源(コスト、競合、価値)を考えるところからプライシング戦略の構築を始める。従来のプライシングの考え方では、これらの情報源は価格設定のための単なるインプットとして戦術的に扱われてきた(図表1の左側)。つまり、顧客が感じる価値が価格の上限を、コストが価格の下限を決める閾値であり、この上限と下限の間で、競合他社の価格を考慮して調整した値が自社の商品・サービスの価格とされてきたのである。
しかし、コスト・競合・価値はそれぞれを単独で見るのではなく、相互作用に着目するとより意味のある戦略的示唆を生み出せる。図表1の右側に示されているように、3つの情報源を重ねると、それらが交差する部分に4つの領域が生まれる。それぞれの領域にアプローチするためには、図表2の左側に示す経済的視点、すなわち経済学などでよく扱われる、価格弾力性、価格区分、ゲーム理論、需要と供給についての検討が必要となる。
図表2は、これら4つの 経済的視点と、3つの情報源の組み合わせにより、7つの異なる領域が形作られ、それぞれが実務で確立された特定のプライシング・アプローチに対応していることを表している。
4つの経済的視点にはそれぞれ多数の理論やアプローチがある。詳細は書籍『BCGプライシング戦略』で解説しているが、概要と各領域との対応関係は次のとおりだ。
- 価格弾力性 価格の変化に対する需要の反応を通じて最適価格を算出する場合、「コスト」と顧客から見た価値に基づく「支払意向額(Willingness to Pay: WTP)」という2つのインプットが必要になる。従って、コストと価値の交差する領域で検討する経済的視点が「価格弾力性」になる。
- 価格区分 競合と価値を組み合わせて検討するのが、「価格区分(価格の “差” をどのように活用していくか)」という視点だ。企業は競合あるいは自社内の類似商品との比較で、価格の違いや幅をもたせることができる。この経済的視点は、経済学上の「価格差別(同じ商品を顧客によって異なる価格で販売すること)」の理論と行動経済学の考え方を組み合わせたものになる。
- ゲーム理論 提供価値がよく似た少数の競合企業の価格動向に、自社の価格が左右される場合、コストと競合価格の情報があれば、市場均衡に向かう最適価格を設定できる。したがって、コストと競合を組み合わせて検討するのが、「ゲーム理論」の経済的視点となる。
- 需要と供給 3つの情報源すべてが交差する領域に該当する経済的視点が「需要と供給」だ。市場の供給曲線は、各競合企業のコスト、キャパシティ、価格に基づいて形成される。一方、需要曲線は、個々の顧客の支払意向額の合計ないしは得られる価値の関数であるため、「需要と供給」を検討するには3つの情報源が必要になる。
ここまでで、3つの情報源と4つの経済的視点の組み合わせから生まれた、7つのプライシング・アプローチを紹介してきた。ただ、ビジネスリーダーがより迅速に、自信を持って効果的なプライシング戦略の意思決定を行っていくためには、これら7つのプライシング・アプローチのうち自社ではどれを用いるべきかを判断するための指針が必要だ。その主要な材料となるのが、各企業が置かれている市場の特性である。
市場特性とプライシング・アプローチの対応関係
7つのプライシング・アプローチはそれぞれ、特定の市場特性に適している一方で、他の条件下では十分に機能しないことが多い。ここでいう市場特性には、買い手と売り手それぞれの集中度、顧客ニーズの多様性、商品・サービスの多様性と差別化の程度などが含まれる。
- 買い手 顧客は、単に数が多いか少ないかだけでなく、個々のニーズがどの程度違うか、顧客によって購入量にどれほどの差があるかという点においても市場によってさまざまだ。特に、ニーズや一人当たりの購入ボリュームの違いは、同じ市場内でも非常に大きなバラツキを示すことがあり、この違いの大きさが市場の特性をとらえるうえで重要な観点となる。
- 売り手 市場によって売り手の集中度は異なる。分散型市場では、市場シェアの小さい競合企業が何社も存在することが多い。一方、集中型市場では、シェアの高い企業が存在するが、1~2社が高いシェアを持っているのか、数社の売り手の間でシェアがより均一に分布しているのかによって、力関係は大きく異なる。これらの売り手の状況も市場特性を左右する。
- 商品・サービス ある市場における商品・サービスの特性には、通常、複雑性と差別化の程度によるバラツキがある。この複雑性と差別化の程度は必ずしも相関しているわけではない。たとえば、高度で複雑な機械であっても、サプライヤー間で高水準の標準化が行われていることもある。その場合、サプライヤーはわずかな差別化を生み出したり、コストと効率性で競争したりする必要がある。このように、商品・サービスの特性も市場特性を決める一要素である。
図表3の右側は、これら3つの市場特性の一般的な組み合わせと7つのプライシング・アプローチの対応関係をまとめたものだ。市場特性を観察することで、リーダーは自社の事業に最も適したプライシング・アプローチを特定でき、一見有効に見えても自社の事業には本来的に適していないプライシング・アプローチを検討から除外することができる。
プライシング・ヘキサゴンを構成する7つのプライシング・ゲーム
プライシングを戦術的な次元から戦略的な次元へと昇華させるには、図表3に示されたプライシング・アプローチを、企業にとっての体系的なプライシングの方針へと転換する必要がある。その方針策定の指針となるツールが、私たちが考案した「プライシング・ヘキサゴン(プライシングの六角形)」だ。六角形は図表4に示すとおり、異なる7つの「プライシング・ゲーム」で構成され、これらを全体として用いることで、プライシング戦略をめぐりビジネスリーダーが直面するほぼすべての課題と機会をカバーできる。
プライシング・ヘキサゴンとそこに示された各プライシング・ゲームの考え方は、明確なプライシング戦略を策定し、自社の事業や市場を形成するための意思決定の支援ツールである。すなわち、ビジネスリーダーが、自社のおかれた市場で不均衡となっているポイントを突き止め、そこから生じる機会やリスクを評価したうえで、市場内でお金がどう流れるようにしたいかに応じて、自社のとるべき選択肢を組み立てるのに役に立つよう構成されている。
以下、7つのプライシング・ゲームの概要を簡単に説明する。
- バリュー(価値)・ゲーム 「バリュー・ゲーム」のプレーヤーは、自社のユニークな商品やソリューションの価格と顧客が感じる高い価値を合致させ、マーケティング活動を集中的に展開してその価値を守り、需要を創出していくことが成功の鍵となる。このような「バリューベース型」のプライシング・アプローチは、自社の商品・サービスの経済的・情緒的価値が競合を大きく上回り、買い手が非常に多数かつ分散していて特定の顧客やグループが大きな購買力を持たない、という市場特性のもとで最も有効である。典型的には、ハイテク企業、ラグジュアリー商品を扱う企業、製薬企業などがこのプライシング・ゲームに適している。
- ユニフォーム(一律価格)・ゲーム 「ユニフォーム・ゲーム」の代表的なプレーヤーは、消費財メーカーや小売企業である。店頭に来るすべての顧客向けに一律かつ明示的に価格を提示する必要があるため、一律の価格を常に最適化し、販売量とマージンのトレードオフを注意深く検証・調整することが成功の鍵となる。ニーズが比較的均質で買い手が非常に多く、売り手も多数かつ類似しているという特性を持つ市場においては、「価格弾力性」の検討が、効率的にかつ自信を持ってプライシングの意思決定を行うための最適なアプローチである。
- コスト・ゲーム 「コスト・ゲーム」のプレーヤーは、コモディティ化された商品を扱い、売り手も分散している市場に多く見られる。この場合、自社の効率性を高め、価格設定の自由度を確保できるかが、プライシングによる成功の分かれ目となる。このような市場特性が当てはまる場合は、「コストベース型」のプライシング手法が適しており、産業財のメーカーや卸売企業、政府請負業者などの市場がその典型的な例である。
- パワー・ゲーム 「パワー・ゲーム」のプレーヤーとして、ハイテクサプライヤーなどが挙げられる。わずかな優位性を武器に、リスクも見返りも大きい取引の交渉を迫られることになるため、市場における力関係のバランスをうまく維持・コントロールすることが成功のポイントになる。買い手側も売り手側も集中度が高く、商品・サービスの差別化が限られている市場(ハイテク製品のように買い手側が高度な技術標準を設定し、対応できるのは少数の熟練した売り手だけということも多い市場など)においては、このようなパワーバランスを考慮した「ゲーム理論」がプライシングの意思決定の主なアプローチとなる。
- カスタマイズ・ゲーム 「カスタマイズ・ゲーム」のプレーヤーには、B2Bサプライヤーが多く、激しい競争の中で個別の顧客に対していかに取引条件をカスタマイズできるかで勝敗が決まることになる。このようなカスタマイズ性の強い商品では、たとえ製品本体がサプライヤー間で類似していても、契約条件、補完的サービスなどの交渉によって、各取引に独自性を出すことができる。市場特性により、大規模な顧客セグメントへの収斂や、共通の価格構造、類似した製品構成への統合が進みにくい場合には「競合ベース型」の手法をとり、個別にカスタマイズしていくプライシング・アプローチが推奨される。
- チョイス(選択肢)・ゲーム チョイス・ゲームのプレーヤーには、ソフトウェアサプライヤーや一部のレストランチェーンなどの多様な企業群が含まれる。行動経済学を活用して、自社の商品・サービスのラインナップを組み立て、その中から顧客自らがうまく商品・サービスを選択できるよう促すことで、顧客の囲い込みができるかが成功のポイントとなる。この場合、個々の価格自体よりも、各商品・サービス間の価格が他と比べて、どのような理由でどう違うかを適切に組み立てることが、はるかに重要になる。特に限界費用が低いかゼロに近い業界の場合は、「価格区分」が特に重要な検討項目になっている。
- ダイナミック・ゲーム ダイナミック・ゲームのプレーヤーとしては、航空会社、スポーツチーム、EC小売企業、物流企業などが挙げられる。近年ではAIと人間の判断を組み合わせ、各種の需給シグナルに応じてリアルタイムで顧客と価値を分け合う新たなプライシング手法を導入し始めている。こうしたプライシングを行うニーズは、キャパシティが制約条件になっている場合や、比較的差別化されていない商品で在庫が日持ちしない・消費期限がある場合、あるいは、顧客ベースが広範で需要が激しく変動する場合に多く見られる。
ほとんどの市場は、これらのプライシング・ゲームのいずれか一つに対応しているものだが、中には複数のプライシング・ゲームが当てはまるように見える場合もある。そのような状況が起こっている場合はむしろ、ビジネスリーダーが自社の競争優位性に基づいて、どのプライシング・ゲームで勝負するかを戦略的に判断するよい機会となるだろう。
また、プライシング・ヘキサゴンはリーダーが不完全な情報に基づいて行動したり、誤ったプライシングの常識にとらわれたり、特定のプライシング・ゲームに対して効率的・効果的でない枠組みや手法を適用したりすることを防ぐ役割も果たす。たとえば、価格弾力性はユニフォーム・ゲームにおける中核的な経済的視点だが、パワー・ゲーム、カスタマイズ・ゲーム、チョイス・ゲームに取り組むビジネスリーダーにとっては、あまり重要ではない。
ガバナンスと変革
企業内や市場内でお金の流れを司る人や組織は、大きな権限を握ることになる。そのため、プライシング・ガバナンス・モデルをどのように設計するかは、ビジネスリーダーがいずれのプライシング・ゲームを考えるうえでも、不可欠な検討項目となる。
プライシング・ガバナンス・モデルとは、企業が価格に関する情報(ビジネス・インテリジェンス)とプライシング権限を組織内でどのように管理し、配分するかを定める枠組みである。いずれのプライシング・ゲームにおいても基本的な考え方は、最も重要なトレードオフに対処できる機能部門が主導的な役割を果たすということだ。図表5は、各プライシング・ゲームにおいて主導的な役割を果たすのに最も適した機能部門を示している。ただし、プライシングは機能横断的な活動であるため、主導する部門に対して、他の機能部門がチェック&バランスの役割を担う必要がある。
さらに各企業は、いずれかの時点でどのプライシング・ゲームを採用するか決めたとしても、イノベーション、コモディティ化、カスタマイズ化、デジタル化、市場分散化、市場集約化という6つの市場の潮流の影響を受ける。図表6に示すように、これらの潮流により市場や企業はプライシング・ヘキサゴンの別の領域へと引き寄せられる可能性があるからだ。
ビジネスリーダーはこうした市場の潮流を活用して、自社のビジネスや市場を再形成していくことができる。たとえばデジタル化は限界費用を低減させ、より広範な商品・サービスの提供を可能にするため、企業をチョイス・ゲームへと向かわせる傾向がある。また、企業はイノベーションによりソリューションを開発することで、コスト・ゲームから、バリュー・ゲームやチョイス・ゲームへと移行することも可能だ。さらに、市場で買い手側、あるいは売り手側の急速な集約化が進む場合には、企業は根本的な戦略判断を迫られる。すなわち、業界を再編してパワー・ゲームを行うか、別のゲームへの移行を可能にする施策を実施するか、である。
世界中の市場がどう変化しようとも、プライシングは、常にあらゆる経営幹部やマネジャーが取り組まなければならない共通のビジネス課題であり続けるだろう。プライシング・ヘキサゴンとして体系化したこの統合的なプライシング理論が、ビジネスリーダーにとって、プライシングに関する議論をシンプルに捉え、より迅速かつ的確に意思決定し、「自社にとって最良の長期戦略を選択できている」という確信を深める一助となれば幸いである。
原典: The Unified Theory of Pricing
BCGは、この論考で紹介した「プライシング・ヘキサゴン」という考え方を軸に、BtoB、BtoCを含むさまざまな企業のプライシングを支援してきた。20年以上にわたる経験に基づく理論と実践の両面から導かれたノウハウを収めた書籍『BCGプライシング戦略 価格でビジネス・市場・社会を進化させる』(阿川大、紀平啓子監修、東洋経済新報社)は、インフレや原材料費高騰などを背景に目まぐるしく変化する現代のビジネス環境のなかでプライシングに悩む企業への示唆に富んだ一冊である。プライシング戦略を体系的に学ぶための書籍として活用いただきたい。
実際にプライシングの高度化を進めるスターバックスコーヒー ジャパン 戦略推進本部 戦略部 部長 福島巨之氏と本書の監修者チームとの対談を収めたタイアップ記事(2026年3月27日公開)もあわせてご覧ください。